お知らせ

3月19日終業式での学校長挨拶

21.03.19

令和2年度 大阪成蹊女子高等学校 第3学期終業式挨拶
-令和2年度 終業式を迎えて-


皆さん、おはようございます。
今日は、3学期の終業式ですが、令和2年度の終業式とも言えます。

進級の決まった皆さん全員が集合して終業式を行うことは、やはりできませんでした。
残念で寂しいことだ、と私は思いますが、この状況を「コロナだから仕方ないよね」と思う人よりは、「集まれないのはコロナだから当たり前」になっている人の方が多いかもしれないですね。

また、「集まらない終業式も悪くないよね」と思っている人もいるでしょう。
「仕方ないという諦め」、「当たり前という受け入れ」、そして「悪くないよねという新しい捉え方」。
集まれないのは寂しいと感じる私ですが、集まらないのも悪くない、と思ったりもします。
考え方や感じ方は人それぞれ、いつも同じではない、ということを忘れずに過ごしてほしい、と願っています。

さて、3月3日桃の節句の卒業式で73期生に伝えたことを皆さんにも伝えます。
それは、「いつも常識のある人でいてください」というメッセージです。
そして、その常識の意味は、辞書に載っている「社会で当たり前と思われる価値観や知識、行い」ではなく、私がある書物で出会った「常識とは常に相手のことを思ってとる行動」という考え方です。
この考え方では、常識の反対語である非常識の意味は、「相手のことを思わない、自分のことしか考えていない行動」ということになります。

そして、常識というのは世界共通。
文化や習慣、風習とは全く違うもの。
国が違っていても関係ないもの、だそうです。
相手を思いやることができる人は、自分の周りのものを全て大切にしようとする。
これが「常識のある人」ということになる、とその書物には書いてありました。

辞書に載っている常識の意味も決して間違いではありませんが、この考え方も悪くない、と私には思えたのです。
この考え方の「常識のある人」なら、新型コロナが終息する気配もなく、連日コロナの報道が溢れ人々が疲れている現状においても、様々なことに思いを寄せている、と確信します。
考え方は1つではありません。
自分自身の当たり前や普通、という枠で考え方の広がりに制限をかけないでほしい、と願うとともに、改めて1,2年生の皆さんにも「いつも常識のある人でいてください」というメッセージを贈ります。

来年度、約500名の新入生が加わり、大阪成蹊女子高校には1400名近くの生徒が在籍します。
それぞれが居心地の良い距離感が保てるよう、常識に対するこの考え方が役立ってほしいです。

長期間の臨時休校に始まり、不安や戸惑い、そして窮屈さを感じることの多い令和2年度でしたが、皆さんができるコロナ対策を続けてくれたおかげで大きな混乱もなく終わることができます。
ありがとう。桜が咲き、ウキウキする春が近づいています。
ウキウキする気持ちは大切に、マスクをしていても笑顔でいることも大切に、そして何よりも自分ができるコロナ対策をしっかり続けることを一番大切にして春休みを過ごしてください。
約束ですよ。では、これで私の挨拶を終わります。
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